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秋元征紘のコラム

ジャイロ経営の薦め ~社員のパッションをマネージする~
5. ゲラン/LVMHでの「ジャイロ経営」事始


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ゲラン/LVMHに於ける「伝統と現代性」

1995年私は、数社の米国系企業と欧州企業への面接の旅で、ニュージャージー、スー・シテイ、シカゴ、ロス・アンジェルス、ニューヨークそしてパリを回ることになりました。これまでのキャリアの集大成という事もあり、パリに本社を置くフランス企業で、別称「LVMHブランド帝国」の総帥ベルナール・アルノーLVMH社長との面接を経て、LVMHグループによるM&Aの結果その傘下に入った、香水・化粧品の老舗ゲラン社(1828年創業)の日本法人、ゲラン(株)(GKK)の代表取締役社長に就任しました。そして2005年までの約10年間、その任にありました。その後、ゲラン本社で日本と米国を除く世界の営業を担当していた、20歳年下のフランス人のステファン・ツァシス次期社長への諸策の継承を確認し、2006年6月取締役会長を退任しました。

ゲランの日本市場との最初の出会いは、1918年、銀座紀伊国屋において販売された香水「ミツコ」でした。GKKは、1970年に法人化され、初代社長はゲラン家出身のフィリップ・ゲラン氏でした。2代目のGKK社長に就任した私の取り組むべき課題は、「伝統と現代性のバランス」つまりブランドと製品が持つ1828年創業以来の伝統と、LVMH的な意味での創造的な革新や戦略的手法による経営を、人を核に融合させ、日本市場において成功を収めることでした。


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経営幹部(マネージメント)チームによるオフサイト戦略会議

私にとっての最初の作業は、オフィスの全社員と、できるだけ多くのBA(Beauty Ambassador)と呼ばれていた美容部員との個人面談を行い、出店先の百貨店を中心に市場の訪問を行い、ミッションステートメントを書き、外的・内的競争優位性と組織能力の確認をすることでした。

1995年10月のある土曜日、20人弱のGKKのディレクター、マネージャーによるSWOT分析の為の会議を実施しました。前任者とは異なったマネージメントスタイルに、メンバーの間では多少の戸惑いがありましたが、この160年余の伝統を誇るブランドを愛する熱意にも助けられ、GKKの最初のSWOT分析が出来上がり、その結果に基づいた戦略計画が策定されました。

この会議は、その後毎年6月前後に経営幹部(マネージメント)による「オフサイト戦略会議」として、近隣のリゾート地で合宿を行って実施するという形で継続されています。もちろん毎年SWOTの項目は変化してゆきましたが、その後の昇格、グループ内からの異動、外部からの採用等により、新しく参加したメンバーにとっては新鮮で、ゲランのブランド価値・ビジョンを早く的確に理解する良い機会であり、既存のメンバーにとってもまた、現状及び変化の確認をする良い機会と
なっています。


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絞り込まれた戦略

1995年10月の第1回目の戦略会議の際に、私が用意したのは下記のミッションステートメントと目的・目標であり、これらは私自身から説明され、質問と討議の後、GKKのミッションとして確認されました。


① ミッション/志

「日本のセグメントされた高級な香水、スキンケア、メークアップ市場において、健全な収益性と優秀な人材によって構成される組織をそなえた、最もプレステジアスなブランドとなる。」


② 目的/目標

顧客との特別な親近感を保ちつつ、この歴史・伝統のある高級ブランドに若いイメージを加える。

 ・ 限定されたディストリビューションのなかで、
   個店単位の収益能力を最大化する
 ・ 健全な収益を確保しながら、プロアクティブで好成績な組織を創る

2時間ほどの時間が内外の現状のSWOT分析に費やされた後、主に強み(Strength)をより強化すること、そして弱み(Weakness)を是正すること、さらに機会(Opportunity)と脅威 (Threat)がそれぞれどういうものであるか、についての確認がなされました。そして次に対策を討議し、その結果下記の戦略が会議を通してのマネージメントチームの総意として確認され、その実行責任は、それぞれの幹部に分担されることになりました。


③ 戦略

 1. ブランドの強化
   ・ パリのマーケティングチームとの連携により、日本市場において効果的な、
     戦略的新製品の導入を実施する
   ・ 効率的な広告・PRによる、若い顧客層をターゲットにした戦略的な
     コミュニケーションを通じ、より若いブランドイメージを作り、
     顧客ベースを拡充する
   ・ 従来限定された上顧客を対象にしていたCRM
     (Customers Relationship Management)の対象を拡大し、顧客の行動と
     ブランド経験をデータベース化、新客をロイヤル顧客として
     固定化既存顧客の来店頻度の向上に努める
   ・ BAによるよりきめの細かいサ-ビスを通じて、顧客の固定化と固定客との
     親密性を積極的に改善する
   ・ 内外価格差を戦略的に是正する


 2. ディストリビューションの強化
   ・ より良いロケーションへの移動/拡張、時には閉鎖を百貨店と交渉し、
     店舗/カウンター単位の収益性を改善する
   ・ 戦略的な優先順位に基づき、新規出店を強力に推し進める
   ・ 直営ブティックを活性化する
   ・ エステビジネスのパートナーとの関係を強化する


 3. 組織の確立と活性化
   ・ 戦略的な重要ポストに優秀な人材を採用/配置する
   ・ BAインセンティブ・プログラムの創造的かつ効果的な運用
   ・ 社内コミュニケーションとコーディネーションプロセスの改善
   ・ プロアクティブなトレーニングプログラム
   ・ LVMHによるMPP(Management of Performance and Potential)を
     活用した成果主義を導入する
   ・ 業務の効率化と社内/社外のコミュニケーションの為の
     PCネットワークの導入

このようにして策定された戦略的経営計画によって「絞り込まれた戦略」が功を奏し、その後10年間の業績は、売上では当初の80%増、税引き前利益は当初の10%前後から20%弱の2桁の水準に増加し、株主を充分満足させるレベルにまで著しく改善されたのです。


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共通言語としての「戦略的経営計画」と新製品開発の成果

「戦略的計画」は、まずゲラン本体のグローバルな製品戦略に大きな影響を与える事となりました。
そもそも日本の主要百貨店の、主に1階に店舗展開を行っている、シャネル、クリスチャン・ディオール、エスティーローダー、クリニーク、ランコム、ヘレナ・ルーベンシュタインといった外資系化粧品ブランドにとって、スキンケアー(基礎化粧品)は最重要な戦略アイテムなのです。現在では、多くのブランドにおいてその重要性が認識され、製品開発も日本主導で行われていますが、当時のゲランのパリ本社においては、このカテゴリーの重要性はあまり認識されていませんでした。

フランスを中心としたヨーロッパ市場、その中でもゲランにおいては特に、ジッキー、シャリマー、ボルデ・ヌイ、ルール・ブルー、ミツコ、サムサラといった、1828年創業以来の数々の歴史に残る「名香」がもたらす名声に支えられ、香水の売上が60%を越えていました。次にメークアップが30%前後で、スキンケアは10%を割ることもありました。一方GKKにおいては、全国の80余軒の百貨店の店舗における当時の売上の55%が高価格帯スキンケアの「イッシマ」シリーズからのものでした。次にレ・メテオリットやキスキスの口紅といったメークアップが30%前後で、香水は15%といった状態だったのです。

多くの有名人を含めた、限られてはいるが上質な顧客に支えられたイッシマのビジネスは、全国に10店舗展開された「エステティックサロン・ゲラン・パリ」との相乗効果もあり、収益性も高く、特に問題は無いと考えられていました。

先にも述べたように、私に与えられた課題は、「伝統と現代性のバランス」つまりブランドとその製品の伝統と、LVMH的な意味での創造的な革新や戦略的手法による経営を、人を核に融合させ、日本市場において成功を収める事と理解していたこともあり、スキンケアのカテゴリーでの製品に関する競争優位性の確保は、戦略的に最も重要なものと考えました。

私の在任中に、直接の株主であるゲランSAの社長が2度代わり、結果的にクリスチャン・ラニス氏、ティボ・ポンロア氏、レナート・セメラリ氏という3名のゲランSAの社長に仕えたわけですが、それぞれユニ・リーバ、ロレアル、プロクター&ギャンブルといった世界的な企業の出身者ということもあり、英語で書かれた「戦略的計画書」は双方の理解し易い共通言語として機能し、我々の主張は、それぞれの社長から積極的に認められ、曲折は経たもの、最終的には一貫して株主と本社のディレクター達を動かすことになりました。

その具体的な戦略的成果が、高価格帯スキンケアの決定版「オーキッドアンペリアル」、「スーパーアクア」のシリーズ、ホワイトニングの「パーフェクトホワイト」、香水では「チェリー・ブロッサム」に代表されるスキンケアの新製品の
開発だったのです。


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CRMに集中されたマーケティングと店舗オペレーション

日本からの提案のもう一つの柱は、CRMの積極的な展開、すなわち従来は限定された(年間300千円以上購入した、3,000人強の)上顧客のみを対象とするものであった「友の会」を、CRMプログラム「エモーション」に改組して、より決めの細かく親密なサービスを提供する一方、そのターゲットを拡大するというものでした。これにより顧客の行動とブランド経験はデータベース化され、個人の要望に的確に答えることを可能にし、新客をロイヤル顧客として固定化し、既存顧客の来店頻度の向上に努める戦略でした。

結果的に、当時メディアの予算の半分近い金額をCRMに配分した計画書は、パリの多くの部門からの批判がありましたが、パリでの予算会議の前に、来日中のLVMHのベルナール・アルノー社長へ「戦略的経営計画」がプレゼンされ、既に高い評価を受けていたことから、この大胆な方向転換も無事採用される事になりました。

スキンケアという毎日消費される特定の目的機能を持った製品の顧客サービス向上には、CRMは大変に有効に機能しました。又、新製品の導入や広告・PRによって獲得された新客の的確なフォローは、予想を超えてその効果を発揮しました。

大きなハードルの1つは、CRMについてBA(店舗の美容部員)の理解とパッショネートな支持を得ることでした。10年間、毎年行われた「BAコンベンション」と、年4回のマネージャー会議のテーマには、必ず新製品の紹介とCRMの成功例・失敗例の紹介、更には好実績を生んだ店舗・個人の表彰が行われました。社員の人事考課・昇給・昇格・異動においても、CRMのスキルは評価の対象として扱われました。その結果、営業活動の明快な目標設定と具体的なCRM活動の統制とれた徹底が実現され、BA間の達成意欲は上がり、結果的に成績の飛躍的な改善を導き出したのです。このようにしてBAの理解とパッショネートな支持を得ることが可能となったのです。


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リーダーシップの手法としての「ジャイロ経営」

全国80以上の主要百貨店との一貫性ある持続的で良好な関係の構築・維持のほか、エステビジネスにおける新たなフランチャイズ契約等の各種の施策の実施に関しても、明快な目的・目標と戦略は好結果を生むことになりました。

もちろん10年の間に、目的・目標や戦略の中には、相当数の項目の追加や、毎回の「オフサイト戦略会議」での表現の変化等、事業の成長・発展に合わせ変化したものもあります。製品計画等では大きな変化がありました。また目的・目標や戦略のみならず、それらに続く行動計画や資源の配分の分野においても、より一層の大きな変化がありました。

一見単純すぎるこのゲランにおける「戦略的計画」の策定のプロセスそれ自体は、私の社長としてのリーダーシップに基づいて実行されました。しかし、その内容は、私だけで策定・指示したのではなく、社員全員の参画による検証を経て決定されました。その結果、「戦略的計画」についての責任や問題点は、私だけのものとしてではなく、そのオーナーシップは社員全員にシェアーされたのです。

日々の意思決定が要求される各部署のマネージャーにとって、戦略の正確な理解とそれに根ざした目標達成への自信の存在は、それらがない状況に比べて、決定の質とその結果としての業績を著しく改善することになりました。また戦略に基づき配分され、お互いの合意に基づき設定された目標は、直後に導入されたLVMHのMPPプログラムの実施により昇給・昇進等の客観的な評価基準となり、達成意欲の増加に伴い、目標達成の可能性は高まりました。それは決して、単なる年度会計上の予算や、各部署の担当事業内容の実行計画の補足や、社内の予算獲得や安全目標設定の為の政治的ツールでは無かったのです。

年間数回に及んだパリ本社での社長やマネージメントに対しての、日本市場に於ける継続的な戦略を説明・説得していく上でも、また毎年1、2度来日するLVMHのアルノー社長やゲラン本社のマネージメントへのプレゼンテーションに於いても、シンプルで一貫性を持った、この「絞り込まれた戦略の計画書」が大いに役立ったのは言うまでもありません。



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  代表 秋元征紘が
  ジャイロ経営をご説明します。