
ブランドは社員の力で作る インターナル・ブランディング
1. ジャイロ経営とブランド経営
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はじめに
ジャイロ経営の基本的な思考は、企業戦略を効果的に推進し目標を達成するためには、組織の構成員である社員たちの理解を深めると共に、戦略の実現に向けたパッション(情熱)を適切にマネージすることが不可欠である、という点にあります。立派な戦略を策定しても、それを実践する社員たちの理解が足りず、また、積極的な関わりがなければ、正に机上の空論と化してしまいます。実際、多くの経営者の方々は、企業戦略を推進するにあたり、社内の遅々とした動きに苛立ちを覚えた経験を何度もお持ちのことと思います。企業戦略の推進・成功には、適切で効果的なマネジメントが欠かせません。
私は大学卒業後、小田急百貨店に入社し、ファッション・食品等、様々な一流ブランドを担当する機会に恵まれました。フランス現地法人の代表の時代には、ヨーロッパのトップブランド企業の経営幹部とも度々会談しましたが、彼らの大胆なブランド戦略と、それを実践するマネジメントは当時の日本企業には見られない斬新なもので、大変驚愕しました。そこで、こうした最新のマネジメント手法を是非習得したいと考え、一念発起、18年半務めた会社を退職し、フランスのグランゼコール、ENPCのMBAに入学しました。
MBA取得後は、フランスのLVMH(モエへネシー・ルイヴィトン)グループのクリスチャン・ラクロワ、化粧品のクラランスといった一流ブランドの日本法人責任者を務め、ブランド・マネジメントを実践しました。その後、日本のミキモト・グループの御木本製薬の社長に就任、当時会社は長期の低迷から抜け出せず多額の損失も計上し、非常に厳しい経営状況に陥っていましたが、様々なマネジメント手法を活用し経営改革に取り組み、業績も回復、再建を果たしました。そこで、今春相談役に退き、現在はコンサルティング業を営むと同時に、経営大学院(MBA)でも教鞭を取っています。
これまで様々な日本・外資企業でブランド経営を担ってきましたが、効果的な経営を実現し、業績を向上させるためには、ブランド構築に向けた社員たちの参画意識を高め、積極的な行動を促すことが不可欠であることを痛感し、いろいろな取り組みを行ってきました。言わば、ジャイロ経営の基本概念を、実際の経営で実践し、成果を挙げてきたのです。
折しも近年、ブランド経営の分野でも、広告を中心とした従来のマーケティングの限界が明らかになると共に、社内に向けたブランド・コミュニケーション=インターナル・ブランディングが注目されるようになってきました。
今回の連載では、企業経営の観点からブランドの本質を改めて確認すると共に、ジャイロ思考に基づき、私の経験も交えながら、ブランド経営に必要なインターナル・ブランディングの重要性を論じて行きます。企業経営者だけでなく、ブランド・マネジメントに関心のある多くの方々の一助になれば幸いです。
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企業の業績を上げるブランドの力
昨今、企業の無形資産であるブランドの価値に対する関心が急速に高まっています。
私は6年前から、企業経営の傍ら、英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラムでブランド・マネジメントの講義を行っていますが、毎回企業の幹部社員を中心とする多くの学生が熱心に受講しています。学生たちの話を聞くと、多くの日本企業が、これまで欧米を中心に発達してきたブランド経営のノウハウを習得することに躍起になっていることが分かります。
確かに、ブランドは、効果的に活用すれば、企業に多くの利益をもたらします。
私がブランドの力を初めて実感したのは、小田急百貨店に入社し間もない駆け出しの頃でした。当時、私はフランスの三ツ星レストラン・ブランドの商材開発を担当しました。フランスの地方を回りブランドに相応しい高品質のワイン等を発掘し、レストランのブランドを冠して発売したのですが、それまでなかなか売れなかった商品が、三ツ星ブランドが付くや中元・歳暮のベストセラーに変身するのを体験し、ブランドの絶大なパワーに驚きました。
モノが売れない時代でも、強いブランドの商品は良く売れます。一流ブランドの代名詞のように語られるルイ・ヴィトンも、最近は少し陰りが見られるようですが、あの高価格でも多くの消費者が購入し、多大な売上・利益を上げています。もちろん品質やサービスも超一流ですので、すべてブランドの力とは言えませんが、好業績にLVブランドが大きく貢献していることは否めません。
ブランドについては、長年多くの企業がその力を活用し業績を向上させてきましたが、経営学の分野ではマーケティングの一手法といった認識に留まり、特に注目されることはありませんでした。それが80年代にD・アーカー教授がブランド・エクィティの概念を提唱して以来、急速に関心が高まり、日本でも、ブランドは企業の第5の重要な経営資源であるという認識が定着してきました。実際、強いブランドを有する企業は着実に好業績を挙げており、ブランドが「安定性」、「収益性」、「成長性」の面で企業に多大な利益をもたらすことが実証されています。
とは言え、コンサルで様々な企業関係者と話をしていても、ブランド力の源泉についての理解は未だ不十分なように感じます。日本では企業のブランド戦略に広告代理店が深く関与してきたためか、ブランド強化と言うと広告を通じた認知度向上と同義と考えている企業も多く見られます。消費者に効果的にメッセージを伝え、ブランド認知を高めることばかりに関心が集まっていますが、ブランド認知がダイレクトに消費者の購買に結びつき、業績を高めることは至難です。
確かにブランド認知は企業の業績向上に大事な役割を果たします。一般に消費者は馴染みのブランドに好意的な反応をするため認知度が高いブランドは購買される可能性が高いですし、ブランド認知はブランド連想を引き出すきっかけにもなりますので、ブランドが力を発揮する前提条件、と言っても良いでしょう。
しかし、市場に多くの商品が氾濫している中で消費者に自社の品が選択され、購買されるには、競合に対する明らかな差別化・優位性が欠かせません。消費者はあるブランドに接するとそのブランドが付いた商品の特色や自分の使用経験等、様々なことを思い浮かべますが、消費者の頭の中に強く、独自のブランド連想を作ることができると、競合から明確に差別化され、優位性を持つことができます。こうしたブランド連想が消費者の購買を促す重要な要因となるのです。
従って、一流ブランドを有する企業では定期的に消費者のブランド・イメージ調査を行い、ブランド戦略で狙っているブランド連想と、実際の消費者のブランド連想にギャップがないか確認します。そして結果に応じてコミュニケーションを中心にブランド活動の修正を図ります。
日本企業では総じてブランドの認知度への関心が高いようですが、厳しい競合の中では、単なる認知だけでなく、消費者に自社のブランドがどのように連想されているか、ポジショニングされているか、ブランド・イメージの調査をもっと重視し、活用するべきです。
このブランド連想と並んで重要なのが、ブランド・ロイヤルティです。ブランド・ロイヤルティは企業の業績に大きく貢献し、経営基盤を強固なものにします。
消費者のブランドへのロイヤルティは、企業に安定的な売上と利益をもたらしますが、それと共にロイヤルティの高い顧客を他ブランドにスイッチさせることは至難ですので、競合に対する大きな参入障壁ともなります。
一般に企業には、新規客を開拓して成長を求め、既存客の重要性を軽視する傾向がありますが、新客の獲得は容易ではありません。私も若い頃何度も苦い経験をしましたが、既存客の有り難味は失ってみて、売上低下を目の当たりにし、初めて分かるものです。既存顧客の離反が減少すれば、自ずと大きな成長が期待できます。
ブランドと言うと広告ばかりが話題になりますが、強いブランドを有する企業が顧客の定着化に大変な努力を払っていることは、意外に知られていません。派手な広告が目を引く化粧品業界でも、多くのブランドでは購入頻度に応じて顧客を分類し、売上目標の中に既存客の売上予算を設定しています。そして、華やかな販売カウンターの裏では、販売員の女性たちが顧客にサンキュー・レターを書いたり、電話をかける等、毎日既存客の維持に奮闘しています。
以前のように拡大が見込めない現在の市場環境では、ブランド・ロイヤルティの確立・維持がブランド経営の重大な課題となります。ロイヤルティはブランド力の基礎となる、重要な資産です。
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インターナル・ブランディングが重要になっている背景
ブランドは消費者のブランド経験の積み重ねにより作られます。先に説明したように、消費者のブランド連想が購買意志の決定を促しますが、企業が常に消費者がイメージしていた通りの経験を実現し、期待していた通りの価値を提供することにより、消費者のブランド連想は一層強まり、ブランドへのロイヤルティが醸成されます。
そして、消費者に常に期待通り(以上)のブランド経験を実現するには、広告やマーケティングに留まらず、会社全体の深い関与と、すべての社員のブランド活動に対する積極的なコミットメントが求められます。強いブランドを作り、業績向上に繋げて行くためには、社員たちのブランドの理解、ブランド構築に向けた積極的な関わり・行動が必要なのです。
強いブランド力の根底には、社員たちのブランドの理解と、ブランド構築に向けた情熱と積極的な関わりがあることを忘れてはなりません。
近年の経営環境を見ると、モノ余りの時代と言われる中で競合はますます激化しており、他社に対する差別化、優位性を築くブランド連想の役割が高まると共に、市場の拡大が見込めない中、顧客との絆を強め、ブランド・ロイヤルティを高めることが企業経営の重要課題となっています。
これまでブランド構築と言えば、ローランド・ホールが提唱したAIDMAの購買意思決定プロセスに基づく広告を中心とする消費者向けのコミュニケーションばかりが論議されてきましたが、今では社内に向けたブランド・コミュニケーションが不可欠です。
ブランドを効果的に活用することにより業績の向上を目指すブランド経営では、ブランドに関する理解を社内に徹底すると共に、社員たちが自社のブランドに誇りを持ち、ブランド戦略の実現に情熱的に取り組んで行くような企業風土を作ること、インターナル・ブランディングが重要な課題となります。効果的なブランド経営にはジャイロ経営思考が欠かせません。
次回は、ブランドの本質を再確認すると共に、インターナル・ブランディングの重要性について、掘り下げて検討する予定です。