
ブランドは社員の力で作る インターナル・ブランディング
2. インターナル・ブランディングとは
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ブランドの本質
近年、ブランドについては様々な論が語られ、企業の重要な経営資源である、という認識も定着してきました。2004年の花王によるカネボウ買収交渉の際には、実体のない無形資産であるカネボウ・ブランドが2千億円で評価された、と莫大なブランド価値が大きな話題になりましたが、こうした中、親会社が子会社からブランド使用料を徴収する企業グループも増加してきました。
私が大学を卒業して小田急百貨店に入社した頃は、「ブランドを大事に」等と言うと、上司や先輩たちから、「理念やイメージで飯が喰えるか!」と揶揄されましたが、この30年余りでブランドの評価も随分上がったものです。
もっとも、昨今経営の世界でブランドは頻繁に話題になりますが、その理解という点では、私は若干疑問を感じます。実際、「ブランド戦略は策定したがうまく機能しない」、「ブランドの広告に多額の費用を投入しているが業績が上がらない」といった声を企業関係者から度々耳にしますが、話を聞いていくとブランドの本質的な理解が足りず、未だにブランドを「マーケティングの一手法」、といったレベルで認識しているケースが多く見られます。
マーケティングでは一般にブランドを「自社の製品・サービスを識別させ、他社の製品・サービスと差別化するための名称、ロゴ、マーク、デザイン、あるいはその組合せ」と定義します。確かに、市場に多くの商品が氾濫する中で、消費者はブランドのネームやロゴ等を見れば、自分が求めている商品やサービスを瞬時に識別することができます。
しかし、企業経営の観点から見ると、この定義だけでは、企業の業績向上に大きく貢献する経営資源であり、更に、時に莫大な価額で評価される無形資産でもあるブランドの本質を十分に説明することはできません。
では、ブランドをどのように考えるべきなのでしょうか?重要なのは、「ブランドは企業の消費者に対する約束である」ということです。企業は消費者に対し、広告等のマーケティングを通じ、そのブランドが付いた製品やサービスを購入し使用すれば、機能や情緒、自己表現等の様々な便益・価値が得られることを提案します。一方、消費者は企業のメッセージを信じ、ブランドが提案する価値を期待して、そのブランドが付いた製品やサービスを購入します。こうして、ブランドは企業の消費者に対する約束になる訳です。
ブランドのこうした一面については、これまで余り注目されることはありませんでしたが、企業の経営においては、ブランドの本質とも言い得る、極めて重要なポイントです。
ブランドが消費者に提案・約束した価値を確実に実現し、消費者の期待通りのベネフィットを提供すると、消費者のブランドに対する信頼が生まれます。そして、ブランドが常に約束した価値を実現し、消費者の期待に応え続けていれば、消費者の信頼は一層高まり、ブランドに対するロイヤルティが醸成されます。こうして、強いブランドが作られるのです。
逆に、消費者に約束した価値の提供を怠り、期待を裏切ると業績は上がりませんし、時には企業の存続すら危うくなるような強い反発を招きます。「安心、安全」を標榜しながら消費者の信頼を裏切った雪印事件、最近の産地偽装等々、多くの事例がこのことを如実に実証しています。
よく、「売れるブランドを考えて欲しい」という依頼がありますが、ブランドは単なるネームやマークではありません。ブランド経営にあたっては先ず、消費者への約束を守り通して行く、強い決意が必要です。
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消費者との接点の質を高める
ブランドは適切に運用し、消費者の信頼・ロイヤルティを獲得することができると、企業の業績を大きく向上させますが、反面、信頼を裏切ると業績は低下し、企業が危機的な状況にも陥りかねません。従って、ブランド経営では、ブランドが消費者に約束した価値を確実に、そして効果的に実現することが重要な課題となります。
消費者は生活の様々な場面でブランドに接し、ブランドに関する知識を蓄積します。また、多種多様なブランド経験を重ね、ブランドに対する信用を醸成します。店頭の陳列や雑誌の広告、製品の細部の仕上げや使い易さ、販売員の言葉使い、クレームへの対応、アフターサービスの迅速さ等々、消費者とのあらゆる接点がブランドに対する評価・信用を形成する要素となります。時には、経営者や社員の言動がブランド自体への評価に繋がることも起こります。
元スカンジナビア航空CEOのヤン・カールソン氏は、その著書『真実の瞬間』で、顧客がチェックイン・カウンターでのスタッフの対応や予約センターの電話応答の「瞬間」で航空会社を評価することを実証しましたが、商品やサービスの本体とは異なる「ちょっとした」部分で、度々ブランドの評価が下されます。
私も多くの経験がありますが、日本の消費者が表から見えない洋服の裏の仕上げや、すぐ捨てられる化粧品の外箱に小さな汚れがないか、といった細かな(しかし重要な)点にこだわることを、合理的?な欧米企業はなかなか理解できず、大変苦労しました。消費が厳しい中でも海外の一流ブランドは根強い人気がありますが、こうした企業が、日本人がこだわる細かな部分の改善に多大な時間とコスト、エネルギーをかけて取り組んできたことは余り知られていません。最近は、日本の消費者に受け入れられる品質レベルの実現が世界で成功する条件、と考える企業も出てきたようで、私は感無量です。
強いブランドを作るには、消費者との様々な接点においてブランドの提案価値を最大に実現し、常に高い顧客満足を得ることが重要になります。そのためにはブランドと消費者の接点を厳しく管理しなくてはなりません。以前務めていたフランスの化粧品ブランド"クラランス"の本社社長が、「ブランドはすべてのディテールの集合である」と言い、製品から広告物、販売員に至るオペレーションの細部にまで厳しい目を光らせていたことが懐かしく思い出されます。
私自身も御木本製薬の社長時代は、製品の内容・デザイン、広告・販促物、店舗の内装・ディスプレー、販売員の採用等、ブランドを付して消費者と接するすべての対象を原則社長決済としていました。私がOKと言うまでは社外(消費者の前)に出してはいけないという指示です。社員たちからは仕事が煩雑になる、決済に時間がかかる・・・、とすこぶる不評で、また、私にとってもかなりの負担でしたが、
具体的な制作物を前に喧々諤々の論議を重ねることにより、社員たちのブランド意識は著しく向上し、仕事の質も大きく改善されました。権限委譲に反するようですが、ことブランドに関しては、トップのディテールへの深い関与は不可欠です。
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ブランドは社員の力で作る
先にも書きましたが、消費者は生活の様々な場面でブランドに接し、多種多様なブランド経験を重ねます。単に広告だけでなく、消費者と関わる企業のすべての活動が消費者のブランド知識、ブランド経験に影響を及ぼします。ブランドは、企業全体で取り組むべき経営戦略です。
効果的なブランド経営のためには、社員のブランドに関する理解を徹底すると共に、自社のブランドに誇りを持ち、ブランド構築に情熱的に取り組んで行くような企業文化を作る、インターナル・ブランディングが重要となります。
企業の各部門の活動はともするとバラバラになりがちですが、社内でブランドの理解が深まると、「消費者にどのような価値を実現するか」、「守るべき約束は何か」といった点が明確になり、全社が目指す方向を統一できます。ブランドが社内の価値や行動の規範となるまで理解が徹底すれば、求心力は高まり、業務の質的レベルが大きく向上することが期待できます。
こうしたことから、企業再建ではブランドのポジショニングを再確認する手法が良く採られます。私も御木本製薬の建直しでは、先ず"MIKIMOTO COSMETICS"ブランドの再確認を手がけました。「ブランドが消費者に提供する価値は何か?」について社内で何度も論議を重ねましたが、これにより、自ずと不要な事業・業務、逆に強化するべき商品・業務等が明らかになり、社員が納得の上で不採算事業の撤退や業務の集約、強化事業への経営資源の投入等、事業戦略の円滑な推進が可能となりました。同時に社員のブランドの理解が高まり、モチベーションが向上すると共に、業務の質が大幅に改善されました。
競合の激しい現在の市場環境の中で、常に消費者に他社よりも優位性を持ったブランド経験を実現するのは大変なことです。経営トップ層の強いリーダーシップと共に、オペレーションの細部に至る効果的なマネジメント・システムが必要ですが、それ以上に、社員たちのブランド理解とブランドが約束する価値の実現に向けた自発的で情熱的な取り組みが大事です。ヒット商品の開発話等、企業のサクセス・ストーリーを読むと、成功の裏にはいつもスタッフの献身的な仕事があったことが分かります。
ブランド事業では、社員との良好な関係により顧客がロイヤル客に転じることが度々起こります。逆に、多くの顧客が不適切な言動や不注意等、「人」が関係した問題により離反して行きます。特に販売員や営業マンは、直接顧客と接し、ブランドの提案する価値を伝えますので、最も重要で、効果的なメディアとなります。先述のクラランスの本社社長はよく、カウンターの販売員を、「ブランドの大使」と呼んでいましたが、非常に適切な表現だと思います。
消費者のブランド経験の質的レベルは社員たちのブランド構築への積極的な関わり、情熱的な取り組みに大きく懸かっています。ルイ・ヴィトン、C・ディオール等、
多くの一流ブランドを擁するLVMHグループは、その華やかなブランド・ポートフォリオや収益性ばかりが話題になりますが、社員のモチベーションを高め、積極的な取り組みを促す効果的なマネジメント・システムを有しており、ブランド事業の成功を支えています。
次回は、インターナル・ブランディングの具体的な方法について検討する予定です。